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最高裁判所第三小法廷 昭和23年(れ)786号 判決 1948年12月07日

主文

本件上告を棄却する。

理由

被告人坂井他吉の上告趣意について。

按ずるに原判決舉示の證據の内被告人に對する豫審第一回訊問調書によれば被告人は「私がこのアルコールを長沢方で試飲した時味が惡いし又それがドラム缶に入ってゐて變だと思ひ長沢に味がよくないねと言ったところが味が惡くても變なものではないと答へたので滅多なこともあるまいと思って賣ったが全然不安がなかった譯ではない、アルコールが變だと言うのは一般に言はれているメチールが入ってゐるのではなからうかと言ふ疑問の意味である」旨の記載があるが、すでにメチールが含有しているかも知れぬという疑いをもったならば、確実な方法によって其成分を檢査し飲用に供しても差支ないものであることを確かめ飲用者に不測の障害を興えない様細心の注意をしなければならないことは言うをまたないことであって、所論喜作から専門家が鑑定して販賣しても差支ない物だと告げられたとしても、自ら試飲した時味が惡いし又ドラム缶に入っているので變だと思い、一般に言はれているメチールが入っているのではなからうかと疑いを起しながら、何等確実な檢査をしないで其まま販賣したのであるから注意を怠った者でないとは言い得ない。そして原判決の認定によれば被告人は俗に言うメチールが入っているかも知れないと疑いながら販賣する意思(所謂未必の故意)を以て販賣したのであるから、原判決において被告人に犯罪の意思ありと認定したことは相當であって、右認定は何等法則に違背するものではない。論旨は犯意も過失もない者を罰するのは憲法に反すると主張するが、原判決は被告人に犯意があると認定したのであり、しかも原審舉示の證據によれば、右の認定をなし得べきものであることは前説示の通りである。被告人は、これに對し犯意も過失もなかったと主張し、犯意も過失もない者を罰するのは、憲法違反であるという論旨の如きは憲法違反であるとの字句はあるが、其実質は原審の事実認定を批難する以外の何ものでもなく、裁判所法第一〇條に該當しないものと解し、當小法廷において裁判した。(その他の判決理由は省略する。)

よって刑事訴訟法第四四六條により主文の通り判決する。

以上は裁判官全員一致の意見である。

(裁判長裁判官 長谷川太一郎 裁判官 井上登 裁判官 島 保 裁判官 河村又介)

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